2010年07月04日

淋しいですね 名古屋の実家の建て替え

昭和35年ごろ名古屋の瑞穂区の東栄町から、ベビー服の商売で儲けた親父が昭和区の小桜町に家を建てた。当時は立派な家だった、その家が老朽化で建て直すことになった。会社と住居が同じで当時は親父の出た村の若い衆が沢山見習いでいた。20人以上の男の人が住み込んで商売の修行をしていた。沢山の人が独立して行った。お袋の親戚も何人か住み込みでいた。工場には10人ほどの女の人がミシンを使ってベビー服を縫っているのを覚えている。住み込みの女の人も何人もいた。亡くなった親父の力強い姿がしみこんでいる家、今は体が弱っているお袋にいつも怒られていた。私は3人の兄弟で一番親に迷惑を掛けた子供だったと思う。体は100キロ以上あり勉強はしないし、上の二人とは出来が雲泥の差であったが末っ子の強みで居心地は良かった。その家が8月で取り壊しになり、新しい家に生まれ変わる。商売を永年やってきた家だった、淋しいと思うが仕方がない、もう世代が交代しているのと、世の中の流れが繊維の名古屋を必要としなくなってしまった。兄貴もよく踏ん張ってベビー服業界でやってきたが、もう亡くなった親父もよく頑張ったと言っていると思う。お袋をずっと看病してくれるのと最後の家を見させてもらった兄貴夫婦に感謝したい。新しい家が出来たらユックリした生活をしてもらいたいと思う。
posted by なるちゃん at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 成島実(鉄筋屋の親方の気持ち) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック