2017年10月23日

自衛隊航空観閲式事前公開に行って来ました。

陸上自衛隊、海上自衛隊と観閲式を見てきましたが、最後の航空自衛隊観閲式の招待状を頂き喜んで参加をしました。しかし台風21号です、本当に悔しいですが中止になりました。そのために旧日本軍の施設等見学しました。
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閲覧式の百里基地での参加が出来ませんから、霞ヶ浦の予科練平和祈念館に行って来ました。ここは5月の連休に行きました。今回は説明をして頂く方に丁寧に案内をして頂き本当に知らなかった事を沢山理解できました。若い日本を背負っていく若者が、あっという間に亡くなってしまった当時の日本、素晴らしい若者が国を思って凄まじい訓練に堪えて、やっと戦闘機に乗れたら特攻と言う命令、国や家族を守る為に飛び立った若者に全幅の尊敬を拝します。
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予科練平和祈念館の隣にある、陸上自衛隊武器学校内の雄翔館に行って来ました。前回は閉門が午後4時でしたから入る事は出来ませんでしたが、今回は見学が出来ました。特攻を考えた、中西中将の資料も展示してあります。色々考えられることがいっぱいです。当時の日本は特攻しかなかったのか?有名なのは桜花、爆弾に人をのせたような飛行機、軽船に爆弾をのせた震洋、人が潜って爆弾を船にぶつける伏龍、人間魚雷回転など特攻機以外に色々な兵器が考えられました。
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次に行ったのは、筑波海軍航空隊記念館
ここはあまり知られていませんが、特攻起源の地と言われたところであります。日本最大規模で現存する戦争遺構であり、陸海軍が初めて行った体当たり攻撃いわゆる特攻の実行が最初に決められた基地であります。
戦後病院として使われていてあまり知られていませんが、現在の若者も絶対に行ってもらいたいところだと思います。入場料500円でこの会館を守っている皆さんに深く感謝いたします。案内の方が永遠の0の撮影現場である現場をしっかり説明して頂きました。本当に勉強になり感謝いたします。
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愛する中日ドラゴンズ、尊敬する石丸少尉 最後のキャッチボールの映画、人間の翼の主人公もこの筑波海軍基地から特攻に行きました。この大変な時期に大好きな野球をやれたのが本当に幸せだったと最後に友とキャチボールをして別れた石丸少尉、祖国の為に南の空に飛んでいきました。東京ドームに鎮魂碑があるそうです。行って感謝の念を伝えたいです。
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当時最大のアメリカの空母、エンタープライズに特攻した富安中尉、永遠の0の主人公(宮部教官)として描かれています。小さなゼロ戦では、空母は沈没させれないと飛行機をあげるエレーベーターに250キロ爆弾を二個つけて、空母の上空で急上昇急転回して逆さになって、爆弾を上にして爆弾の重みでスピードを増して空母に特攻した、当時最高のパイロットである富安中尉は、敵兵アメリカの兵士も尊敬の念を抱いたパイロットです。戦後遺族にゼロ戦の破片を返した元米兵がおられたそうです、武士道はアメリカにもありました。
こんな素晴らしいパイロットを特攻に出した日本、本当にその当時はなんだったのかと思います。
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エンタープライズから写した富安中尉のゼロ戦、本当に小さなゼロ戦が一発で空母に大損害を与えた二度と戦地に参加する事は出来ませんでした。今回の研修で知らなかった事が良く分かりました。自衛隊防衛協会に入って本当に色々な事を知って良かったと思います。感謝。

posted by なるちゃん at 13:35| Comment(0) | 鉄筋のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国際友好協会。産業大学留学生ホームスティー

静岡産業大学の学生さん達に日本をもっと分かってもらいたいと言う主旨で行われています。、産業大学生ホームステイーは、国際友好協会にいつもご協力を頂いている会員の皆さんのご家庭に、留学生が一泊とめて頂き少しでも日本の家庭を知ってもらう事業です。日本を嫌っている国に少しでも日本を理解して頂くために行っています。永年行っていますが迷惑をかけた国々に、また新しい日本を知ってもらうためにも地道な
活動ですがやって行きます。先日、国際友好協会理事安仲さんと産業大学の吉添先生と日程等の打ち合わせを行いました。
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