2017年10月26日

保護司会、北支部研修

保護司会の北支部研修旅行に行って来ました。研修は滋賀刑務所の視察です。また若い保護司さん達が増えてきましたので、更生保護の経験を積んでおられる先輩保護司との交流でもあります。
最初に訪れたのは嵐山です。台風21号の影響で桂川が濁流でした。こんな桂川を見たのは初めてです。
今回の台風は貴重な京都の文化財を痛めました。本当に台風は怖いですね。
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天龍寺の竹林の道も凄い被害でした。竹が折れて道にかぶさっていました。名竹が本当に無残でした。
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竹林の道を歩いていると野宮(ののみや)神社があります。こちらには黒木の鳥居があります、クヌギの木を皮をむかないでそのまま使っています、また小柴垣はクロミジの木で、これは天皇が御即位のお祝いの新嘗祭である大嘗祭と同じです。本当に天皇家と繋がりが深い由緒ある神社です。嵐電と山陽本線が近くをはしっています。平日でしたが大勢の方がみえていました。外国人の方が多かったです。
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次に行ったのは説法が面白い鈴虫寺です。小さなお寺ですが、土日は3時間待ちが当たり前の超人気のお寺です。私達も平日ですが20分ほど待ちました。小型バスで行ったので、普通車はお寺の駐車場まで行けますが、バスの駐車場からお寺までけっこう歩きました、そして最後は長い階段です。
お話をお聞きするところには、5000匹の鈴虫がいました、温度調節で一年中鈴虫の鳴き声を聞く事が出来ます。若い住職さんの面白い為になる説法は、生きていく事に対してのお話で若い女の方々に大人気です。美味しいお茶をと名物のお菓子を頂きました。お寺は小さいのですが、商売と言うか経営が本当に上手いお寺だと思います。仕事は違いますが参考になります。
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大津で泊まって琵琶湖でミシガンクルーズを楽しみました。琵琶湖は本当に大きいですね〜、海だと勘違いします。私達が乗った船はアメリカに来たような船で、船内で楽しい音楽をやっていました。4階建てのミシガンです、周りがしっかり見えて大型船ですから全然揺れません。快適な船旅でした。
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石山寺は昔の石を切り出したところにある真言宗のお寺です。我がお寺である清水寺と同じ宗派です。本当に大きなお寺で、滋賀刑務所の視察時間があまりなく、しっかり参拝する時間がありませんでした。奈良の大仏を建立する為に祈願をしたお寺だそうです。大津ではもっとも古いお寺だそうです。このお寺で久能山の東照宮の落合宮司さんとお会いしました。久能山の総代の皆さんとの視察だそうです。大勢の総代さんが久能山の袢纏を着ていました。久能山の皆さんも藤枝から来たと言ったら喜んでくれました。
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滋賀刑務所視察
就労者が社会に出て働いて自立が出来る様に、本当に就労訓練がしっかり出来ている刑務所でした。罪を犯したらしっかり反省する、そして損害を賠償して、もう絶対罪を起こさない強い気持ちで社会で生きていく、それには働いて、自分の食い分を稼ぐことが大事である。受刑者の訓練をしっかり行っている、滋賀刑務所に本当に感謝いたします。
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posted by なるちゃん at 12:59| Comment(0) | 鉄筋のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

ダッシュおいしいやさい村、サトイモ収穫

サトイモを収穫しました。本当にホクホクのサトイモです。よくイノシシの襲撃から身を守ったと思います。
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posted by なるちゃん at 05:51| Comment(0) | 鉄筋のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

自衛隊航空観閲式事前公開に行って来ました。

陸上自衛隊、海上自衛隊と観閲式を見てきましたが、最後の航空自衛隊観閲式の招待状を頂き喜んで参加をしました。しかし台風21号です、本当に悔しいですが中止になりました。そのために旧日本軍の施設等見学しました。
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閲覧式の百里基地での参加が出来ませんから、霞ヶ浦の予科練平和祈念館に行って来ました。ここは5月の連休に行きました。今回は説明をして頂く方に丁寧に案内をして頂き本当に知らなかった事を沢山理解できました。若い日本を背負っていく若者が、あっという間に亡くなってしまった当時の日本、素晴らしい若者が国を思って凄まじい訓練に堪えて、やっと戦闘機に乗れたら特攻と言う命令、国や家族を守る為に飛び立った若者に全幅の尊敬を拝します。
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予科練平和祈念館の隣にある、陸上自衛隊武器学校内の雄翔館に行って来ました。前回は閉門が午後4時でしたから入る事は出来ませんでしたが、今回は見学が出来ました。特攻を考えた、中西中将の資料も展示してあります。色々考えられることがいっぱいです。当時の日本は特攻しかなかったのか?有名なのは桜花、爆弾に人をのせたような飛行機、軽船に爆弾をのせた震洋、人が潜って爆弾を船にぶつける伏龍、人間魚雷回転など特攻機以外に色々な兵器が考えられました。
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次に行ったのは、筑波海軍航空隊記念館
ここはあまり知られていませんが、特攻起源の地と言われたところであります。日本最大規模で現存する戦争遺構であり、陸海軍が初めて行った体当たり攻撃いわゆる特攻の実行が最初に決められた基地であります。
戦後病院として使われていてあまり知られていませんが、現在の若者も絶対に行ってもらいたいところだと思います。入場料500円でこの会館を守っている皆さんに深く感謝いたします。案内の方が永遠の0の撮影現場である現場をしっかり説明して頂きました。本当に勉強になり感謝いたします。
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愛する中日ドラゴンズ、尊敬する石丸少尉 最後のキャッチボールの映画、人間の翼の主人公もこの筑波海軍基地から特攻に行きました。この大変な時期に大好きな野球をやれたのが本当に幸せだったと最後に友とキャチボールをして別れた石丸少尉、祖国の為に南の空に飛んでいきました。東京ドームに鎮魂碑があるそうです。行って感謝の念を伝えたいです。
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当時最大のアメリカの空母、エンタープライズに特攻した富安中尉、永遠の0の主人公(宮部教官)として描かれています。小さなゼロ戦では、空母は沈没させれないと飛行機をあげるエレーベーターに250キロ爆弾を二個つけて、空母の上空で急上昇急転回して逆さになって、爆弾を上にして爆弾の重みでスピードを増して空母に特攻した、当時最高のパイロットである富安中尉は、敵兵アメリカの兵士も尊敬の念を抱いたパイロットです。戦後遺族にゼロ戦の破片を返した元米兵がおられたそうです、武士道はアメリカにもありました。
こんな素晴らしいパイロットを特攻に出した日本、本当にその当時はなんだったのかと思います。
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エンタープライズから写した富安中尉のゼロ戦、本当に小さなゼロ戦が一発で空母に大損害を与えた二度と戦地に参加する事は出来ませんでした。今回の研修で知らなかった事が良く分かりました。自衛隊防衛協会に入って本当に色々な事を知って良かったと思います。感謝。

posted by なるちゃん at 13:35| Comment(0) | 鉄筋のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする